ramuramu’s diary

おすすめの小説を書評していきます。よろしくお願いします。

星の王子さま

 

星の王子さま (新潮文庫)

星の王子さま (新潮文庫)

 

 

 

サン=テグジュペリ

 

概要

主人公は何もない砂漠に一人不時着してしまったパイロット、「僕」

子供時代の感性への憧憬が伺える

子供の頃、6歳までは画家を目指していたが、ゾウを消化している大蛇ボアという恐ろしい絵を描いて大人に見せても帽子と勘違いされてしまい、それから画家になることを諦めてしまった

僕の描いたゾウを消化している大蛇ボアは、茶色い蛇が飲み込んだゾウの形を象っている絵

そんな僕の所に人間の子供の感性を具現化したような男の子、王子さまが現れる

王子さまは他の星から地球にやってきたのだという

王子さまは僕が描いたゾウを消化している大蛇ボアを見て、一目で理解したのだった

そんな王子さまが地球の大人を風刺した星々を渡り歩いた話を僕にしてくれるお話

 

感性が子供の王子さまによる大人の風刺


5つの星を渡り歩き、王子さまはそれぞれの星で王さま、地理学者、実業家、酔っぱらい、大物気取り、労働者と出会う

王子さまは、地球はこれらの人たちが多く住む星であることに驚いたと言う

 

王子さまとバラ

 

王子さまには故郷の星に愛していたバラがいた

星にたった一輪咲くバラは星をいい香りで包んでくれた

しかしバラは高飛車な性格をしていて、気まぐれなことばかり言い、王子さまはだんだんバラのことが嫌になってきた

やがて王子さまは、バラの元を去り他の星に住処を求めて旅立った


地球に到着し地球を探索していくうちに、王子さまは地球で多く咲いているバラを見て、故郷のバラは世界中探してもたった一つしかないものだと思っていたが、そうではないことを知りショックを受ける

しかしキツネとの触れ合いで、故郷のバラは自分にとって世界中探してもたった一つしかないかけがいのないものであることに気づいたのだった

 

感想


5つの星にいた王さま、地理学者、実業家、酔っぱらい、大物気取り、労働者一人一人に対し、無垢でいて賢い王子さまが向き合う姿は大変愛らしかった

それに対して砂漠に不時着し飛行機を修理しながら王子さまのお話を聞いている僕の視点になると、急に文章が現実的になる

後半の僕が描写する王子さまは地球の常識を知らない宇宙人そのものだが、僕は王子さまを敬愛していたためその描写は美しくもあった

私は愛らしくて賢い王子さまが私たちをいじらしく、風刺的に描いてくれるところが好きだ

痴人の愛

 

痴人の愛 (新潮文庫)

痴人の愛 (新潮文庫)

 

 

概要 

谷崎潤一郎

28歳サラリーマンの男性が15歳の少女を引き取り、品のある女性を思い描き育てていくが、失敗して男癖の悪い女性に育て上げてしまうお話

大正時代の日本の純文学ではあるが、一貫した風俗的雰囲気のため読み進めやすい

エリートサラリーマンである譲治があるカフェでウェイトレスとして働いている少女、ナオミから知性的でいて西洋人らしい雰囲気を感じ、教養のある女性に仕立てようと引き取る

譲治に引き取られたことで当時は顔色の悪かったナオミも、よく譲治に懐き、覇気のある女の子になっていった

そしてナオミが16歳になった頃、二人はそれが自然な流れであったかのように結ばれる

晴れて譲治とナオミは夫婦となった

だが譲治は成長するにつれて妖艶さを増していくナオミに心酔するようになり、習い事や衣服、西洋らしい家などを以前にも増して与えてしまうようになる

譲治に甘やかされて育ったナオミはやがて自身の妖艶さを自覚し、たくさんの男をたぶらかすような女性になってしまう

譲治は成長したナオミが知的さのかけらもない女性となってしまったことに気づいてしまった

だがそんな男を渡り歩くナオミと譲治の間にはやがて、離れるでもなくまた違う関係が築かれていく――

 

当時の時代背景での悪


現代の観点で見れば、成人を過ぎた男性が未成年の少女を引き取り、少女をあろうことか性的に搾取し、自我を持つ年頃になった頃には貞操感覚の狂った女性へと変貌させてしまう、主人公が犯罪者紛いの話である

しかし当時の感覚で言えば、血の繋がりのない自分に金と愛情をかけて育てた譲治に背いたナオミが完全な悪女だ

以下では前者のナオミが被害者である観点で語る

 

譲治によって美しく描かれるナオミ


他の男と関係を持つナオミをどんなに罵倒しようとも、譲治はナオミに心酔しきっていた

その様子を描く文章は愚かしくもあれば美しくもあり、女性に溺れる男性はこんなにも盲目的になれるのかとむしろ感心してしまった

譲治は時代背景から西洋人に執着しており、度々ナオミに西洋人の特徴を重ねていた

この作品ではナオミの長くて綺麗な脚が強調して美しく映されるわけだが、その場面は譲治がナオミが大人になっても昔からの習慣で風呂場で脚を洗っている過程で特に描かれる

譲治に対する自身の武器を知っているナオミは、譲治を誘惑して主導権を握る際に足を活用するのだが、その描写は何度も読み返したくなるほど妖艶だ

世間的には低俗な女性であるナオミだが、譲治の眼に映るナオミはとても美しかった

譲治とナオミの関係は、譲治の視点で見ればクレオパトラクレオパトラに翻弄され国を滅ぼした国王といったところだ

 

まとめ


最後、結局譲治は男を渡り歩くナオミを受け入れる

譲治は女性に溺れた愚かな男だろうか

それとも妻を理解する良き旦那だろうか

読者の生きる時代や価値観によって作風が変わる良い小説だった

 

 

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ノルウェイの森

 

ノルウェイの森 (講談社文庫)

ノルウェイの森 (講談社文庫)

 

 

 

死んだ男キヅキの親友ワタナベと、キヅキの彼女直子の不思議な関係を描く

二人の関係に言葉に言い表せない何かがあり、それを時間をかけて説明していくような小説

冒頭から描かれる文法に囚われない表現に、村上春樹の世界に惹き込まれる


キヅキが自身の全てであった直子は、キヅキの死によって精神を病んでしまう

どんなに時を経ようとキヅキの死を受け入れられない直子の様子から、今までの人生がキヅキで満たされていた直子の人生が想像させられ、切なさと温かみで胸がいっぱいになる

キヅキを想う直子の心情に思いを馳せることで、この作品はどこまでも奥ゆかしくなるだろう

自身の全てであったキヅキを失った直子の苦しみは、直子にしかわからない

直子に生きる術はあったのかが、直子が幸せになる展開を望んでいた読者にとっては気になるところである

直子は生きる術を見つけようと必死に努力していた

しかし頑張ろうにもそもそもの踏ん張って立つための土台が、直子の全てだったキヅキの死によって失われてしまっていたのだ

キヅキの親友、主人公ワタナベの存在がキヅキとの思い出をとどめてくれたことが、直子にとって何よりの救いだったかもしれない


この物語の本筋と逸れるが、目を見張るような登場人物がもう一人いる

ワタナベの先輩永沢の彼女、ハツミである

永沢はとても女癖が悪い男で、ハツミは普段は永沢の悪癖に目を瞑りつつも、時折抗議していた

ワタナベは才能ある永沢が選んだ女性という意味でハツミを一目置いていたが、内心心惹かれていた

ワタナベはなぜこんなにもハツミに安らぎの気持ちを引き出されるのか、わからなかった

その理由をワタナベは十二年ほど後、イタリアのサンタ・フェで見た美しい夕陽を見てようやく気づく

ハツミが男性から引き出していた安らぎとは、「少年期の憧憬」だった

ワタナベの感動がサンタ・フェで見た美しい夕日と共に伝わってくる

ハツミの魅了とはそれほど稀有なものだったのだ

後にハツミは自ら命を絶ってしまう

ハツミの死を知らせる内容の手紙が永沢によって送られてくるが、ワタナベはおそらくハツミの死の原因であると思われる永沢と連絡を断然した

 

ワタナベ本人によると体面を取り繕っているだけのようだが、ワタナベは親友キヅキの死に対して現実世界に踏みとどまろうとどこまでも強かった

登場人物全員が村上春樹の世界でそれぞれ独立したキャラクターであり、ワタナベの周りにいるたくさんの色濃い人間の人生観を見ていくのはとても面白かった

 

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ハーモニー

 

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

伊藤計劃

 

 

「ぜんぶわたし自身のものなんだって、世界に向けて静かに怒鳴りつけてやるの」

 


政府によって幸せであることと健康であることを強制された世界で死を決意したミァハの言葉が、ミァハの理想の世界に住む私たちの心に重くのしかかる

 


トァン

主人公は政府に強制された幸せを憎むミァハに魅了された女の子、トァン

ミァハは自分の信念を突き通し自殺を全うすることができたのだが、トァンはミァハと共に死ぬことを約束したにもかかわらず失敗してしまい、そのことを大人になった今でも後悔している

やがてトァンはWHOの斡旋監査官となり、ミァハと共に死を全うできなかったことを日々後悔しながら、外国との裏取引で反社会的な嗜好品を嗜むことで体を蝕ませる生活を送っている

その嗜好品とは、タバコや酒など


キァン

ミァハやトァンと自殺を決意した女の子はもう一人いた

大人しくて思慮深い、行動的なミァハの話を聞いてばかりだった、キァン

ミァハに魅了されていたトァンは行動力のないトァンを内心見下していた

そして自殺に失敗したトァンと違ってキァンは死が怖くなって自殺をやめたのだった

だがミァハの死後、やがて大人になったトァンはキァンと再開した際、死んだミァハについての話し合いでキァンがミァハの単なる腰巾着でなかったことに気づく

キァンも政府に幸せを強制された世界に疑問は感じていたが、息苦しさを感じていたわけではなかった

ミァハの友達でいたのは死ぬ発想に至るほど思い詰めていたミァハを踏みとどませるためだった

この異質な世界に馴染んでいながら、現実世界に住む私たちの目から見てもとても人間らしいキャラクター

異質な世界に異質な主要人物であるミァハとトァンが構成するストーリーの中、キァンの存在があるべき正しさを思い出させてくれる


ミァハ

自分や他人の死を持ってして政府に抗うミァハの正体は、後天的に感情が芽生えた本来論理的思考だけを持つ民族だった

子供の頃、戦場で誘拐されたミァハは兵士たちに強姦され、過剰なストレスによって奇跡的に感情が芽生えたのだ

その後ミァハは義勇兵に助けられ愛情が溢れた国に養子に出されるが、その場も誘拐された場と同じで、自由を奪われた場所であることに気づいてしまう

実は生きていたミァハ

最後にミァハが選択した内容からわかるその時のミァハの意識は、感情が芽生える以前の感情のない論理的思考が懐かしかったのだ

共感できないからこそ、自分たちとは全く違う苦しみを抱えるミァハの心情を思うと胸がつまる


私たちが日々密かに疑問に思っている「幸せとは何か」を突き詰めて代弁してくれたかのようなSF作品

それに拭いきれない青春の悔恨を描き、SF作品として異彩を放つ

感情のないミァハに憂いな気分を馳せることが異色を放つこのSF作品の醍醐味だと思う

読了後は世界の裏側を見てしまったかのような気分になった

 

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わたしを離さないで

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

 

 

 

こんな青春が、あってもいいと思った

 


舞台は人里離れた土地に建つ施設、ヘールシャムで描かれる

同じくらいの年頃の子どもたちが集まるその施設では、私たちが住む世界と少し違う人間関係が育まれていた

私たちが住む世界での子どもの人間関係とは普通、気の強い命令口調な女の子がリーダーになったり、できないことが多い男の子が仲間外れにされたりだ

ヘールシャムでもまた似たような人間模様が描かれている

ルースという気の強い女の子がみんなを引っ張っていってくれるが意地悪で、できないことの多いトミーという男の子はみんなから仲間外れにされる

主人公である女の子キャシーは要領がいい子だったため、ルースの親友でありながら、他に友達がいないトミーの唯一の友達だった

一見私たちが住む世界と変わらない人間模様だが、彼らが尊敬し育ての親でもある先生たちは彼らが夢を語ると夢を否定し、性に関しては肯定的な指導をする

その理由の真相は語り手である主人公キャシーによって懐かしい思い出を振り返るように明らかにされていく


この本を読んでいる間は、まるで私たちの住む世界で暮らす人間の性質を、別の角度で見ているような気分だった


特にそう思ったのは、できないことが多いようで、成長するにつれて短所が長所の裏返しであることが判明したトミーの才能だ

ヘールシャムでは絵画の授業があるのだが、どうしてもトミーは先生に言われた通り画用紙に絵を大きく描けなかった

どんなに頑張っても、真ん中に小さく描くことしかできない

それがきっかけでトミーは気性が荒い性格となってしまい、みんなから仲間外れにされてしまう

しかし大人になるにつれて、トミーによって中央に細かく描かれる様々な集合体は味のある細工として個性を発揮していく

ただ、『臓器提供者』としての未来を約束されて育てられてきた彼らの才能に意味があるかどうかは、神のみぞ知ることだ――


私たちの住む世界と少し違う世界観及び倫理観でありながら、彼らも私たちと同じ人間だと確信したシーンがある

幼い頃に助け、助けられた関係のキャシーとトミーの深い絆に嫉妬したルースは、意図して二人が恋仲になる前にトミーと長年付き合う

自分にないものを持つキャシーに嫉妬した、ただそれだけの理由だ

やがて三人は臓器提供者として使命を果たす段階にくるわけだが、ルースとトミーがすでにいくつかの臓器を提供していた時、ルースは病院の近くに来た漁船が見たいと言い、三人で行くことになる

その漁船を見た帰り道、ルースは二人に滂沱の涙を流しながら謝った

このシーンの感動は、作者によって書かれた本文以外では表現できないだろう

真に迫った状況をカズオ・イシグロは一貫して描いていたわけだが、このシーンは一番生々しく、私は涙が堪えられなかった

読者にとっては性格の悪いルースでも、キャシーにとっては唯一無二のかけがいのない親友だったのだ

子どもの頃からずっと一緒に暮らしてきたのだから

このキャシーの気持ちを読者にダイレクトに伝えてくれたカズオ・イシグロには感謝しかない

 
臓器提供者として育てられる子どもたちには独特な倫理観があり、成長するにつれて普通の人間である先生と徐々にギャップが出てきて面白い

このヘールシャムの独特な雰囲気を味わえるのは、ノーベル文学賞を取ったこの作品、『わたしを離さないで』だけだ

 

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私はヒトラーの秘書だった

 

私はヒトラーの秘書だった

私はヒトラーの秘書だった

 

 

なぜ自叙伝は人を惹きつけるのだろう

ましてや、それがヒトラーの秘書であるならば尚更である

  

私たちはヒトラーに対して様々な印象を持つ

大量殺戮者、差別主義者、神経質、ベジタリアン、ゲイ、芸術家、愛犬家、マザコン等々

 

中でも知られているのは彼が大量殺戮者と言うことである

  

彼の政治は一貫して彼の過去や性癖による私的な因果によるものだった

 

しかし国民の誰もがヒトラーの政治は過激ではないかと疑問に思いつつも、全て自国ドイツのためだと信じていた 

 

この本はヒトラーを国を想う善き人だと信じていた一人であるヒトラーの元秘書であった、トラウデル・ユンゲによる独白が綴られている

 

トラウデルや側近から見たヒトラー

トラウデルにとってのヒトラーは、総統に対する強い畏怖があれど、緊張したり多少のミスをしてもフォローを入れてくれる、感じのいいおじさんだったようだ

神経質だったり厚かましく部下に恋人を作らせたりと何かと気に触ることはあったそうだが、基本的に仲間思いな良き上司だった

時にはトラウデルを含む秘書の一人を食事に呼び会話を楽しんでいた

他の側近と同じようにトラウデルも、良き上司としてヒトラーを尊敬していた

もちろん彼女はヒトラー亡き後、ヒトラーの本性に気づかなかったことを、自分がヒトラーの行いに加担してしまっていたことを酷く恥じた

ヒトラーの側近の中にも彼の悪魔的政治に意を唱えたものはいた

しかしヒトラーがそれらしい考えを説くと、どんなに非の打ち所のない論拠を用意しても推し黙らされてしまう

ヒトラーは雄弁と暗示力だけでドイツを支配していたのだ

当時彼の演説に感動した著者のトラウデルは、次の日になると全く内容を思い出すことができなかったと言う

 

戦況が振るわなくなってからのヒトラーの様子

以前の彼は保養地に客人を招き、会話や音楽を楽しんでいたが、戦況が振るわなくなると次第に焦りが隠せなくなっていった

その頃からヒトラーは食事をする際、暖炉の近くにいないことはなくなった

そして暗殺未遂事件以降はより精神が不安定になっていき、側近たちに以前のような優しく柔らかな態度で接することが難しくなっていく

しかし自殺する直前までヒトラーは自分を裏切った側近にたちでさえ庇った

 

ヒトラーとエーファの関係

戦況が振るわなくなってから疲労していくヒトラーを愛人であり友人であるエーファは気遣い、いつにも増して客人の雰囲気を盛り上げたりと、ヒトラーの気晴らしや息抜きの世話を見ている側が痛ましくなるほどしていた

ヒトラーはゲイであるため異性を好きにはならないが、母親と重ねていたのか、心から深く愛していたようである

愛人であるエーファが総統であるヒトラーに対して上から物を言い、ヒトラーがそれを愛情深い目と声で宥める

それが二人の関係であった

エーファはヒトラー暗殺未遂事件の際は心が張り裂けんばかりの心配な気持ちを綴った手紙をよこし、そのエーファの一途さにヒトラーも思わず涙を流した

 

戦況がもはや万事尽きて望みようがなく、ヒトラーや側近たちの立場がいよいよ危ぶまれた時、ヒトラーの興奮や場の硬直を解いたのはエーファだった

免職を申請するつもりの側近たちがその場にいる中、エーファはヒトラーの両手を取り、悲しげな子どもをあやすように笑みを浮かべてこう言った

「あなたもご存じじゃないの。私があなたのお傍に残ることを。私は行かないわ」

そしてエーファはヒトラーにキスをした

それはヒトラーの親密な友人や側近でさえも見たことがない光景で、これが彼ら二人にとっての初めての接吻であったかもしれない

その光景を見たトラウデルは変わらず戦争の死に対する恐怖を感じていたが、ヒトラーの元に残ることを決意した

 

ヒトラーと共に自殺する前夜、ヒトラーと結婚式を終えたエーファに対してなんと呼ぶべきか迷う側近たちに、

「皆さん、私のことをヒトラー夫人とお呼びください」

と顔をほころばせて言うエーファは幸せそうだった

 

ヒトラーと愛犬ブロンディ

ヒトラーが愛犬ブロンディを可愛がる様子が所々で描かれている

ヒトラーはかなりの愛犬家で、戦況が振るわなくなると衰弱していったが、ブロンディと描かれる際はストレスを感じさせない普通の愛犬家だった

ブロンディに家族を持たせようと奮闘したり、タバコの臭いには敏感なのにブロンディの悪臭には気づかず室内に入れたままにして側近たちを困らせるなど、ブロンディが絡むとコミカルな一面を見せた

いよいよヒトラーや側近たちの立場が危ぶまれ、絶望的心境となってもなお、ベンチに座り虚ろな瞳で子犬を抱いていた

 

見どころシーン・感想

ヒトラーが主人の死んだトラウデルを励ますシーン

ヒトラー自身もかなり疲弊していた状況にもかかわらず、トラウデルの主人が死んだ際はヒトラーはトラウデルの手を取り、トラウデル自身が気の毒になるほど悲しげな声でこう励ました

「私がついていますから心配しないで。いつでも助けてあげますよ」

ヒトラーの側近たちへの接し方を見て、私にはヒトラーが根っからの悪人だったとは到底思えない

 

・エーファがヒトラーの元を添い遂げると明言するシーン

ドイツが戦争に負けることを側近たち全員が暗に確信し、エーファはベルリンを離れるようヒトラーに懇願するよう頼まれるが、エーファは拒否してこう言う

「私、ご提案をちょっとでも総統に伝えようとは思いません。総統は一人で決めなければいけないわ。もし総統がベルリンに留まるのが正しいと判断するなら、私も彼のもとに留まります。もしベルリンを去るなら、私も一緒に去ります」

エーファはおそらくヒトラーのすべてを肯定していた、他ならないヒトラーの唯一の居場所だったように思う

 

 

本当の悪人がエーファのような女性からこれほどまでに一途な思いを享受できるのだろうか

その答えはおそらく、『いいえ』だろう

ヒトラーはどんなに戦況が望ましくなく疲弊していても、心からの愛情で側近やトラウデルに接していた

前述した通り、私にはとてもヒトラーが根っからの悪人だったとは思えない

それにこの本では記されていないが、ヒトラーの残虐性は幼少期に受けた父親からの暴力によるものである

しかしながらたとえ幼少期の傷が理由だとしても、私情で無実の人々を大量虐殺した罪は許されない

私たちがこの同じ誤ちを繰り返さないためにするべきなのは、政治の指導者に疑いの目を向けることだろうか

それとも子どもの教育を整えるよう尽くすことだろうか

私たちはヒトラーのような大量殺人鬼を次に生み出さないよう、多角な方法で努力していかねばならない

 

本書では上記したことが事細やかに著者トラウデルの言葉によって語られている

私がまとめた文章よりもより生々しく、かつ繊細に伝わってくるためぜひ読むことをおすすめする

 

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ほかならぬ人へ

 

ほかならぬ人へ (祥伝社文庫)

ほかならぬ人へ (祥伝社文庫)

 

 

白石一文

第142回直木賞受賞

 

恋愛の真髄を探求した小説

端的に言えば、主人公明生にとっての愛とは、一緒にいて気持ちが安らぐことと、お互いを尊敬する気持ちがあることだった

大実業家の息子である明生は美人な妻、なずなに昔から好きだったという男と浮気されことになるのだが、胸を焦がすような恋愛をするなずなと、お互いを尊敬し合う信頼関係を育むことを愛とする明生の恋愛観は対比されていたように思う

 

なずなの恋愛観

周りを巻き込み最終的には明生と離婚し、浮気相手と結婚するなずなだが、まだ俺たちはやり直せると呼びかける明生にぽつりとこう言った

「明生ちゃんには、わからないよ」

幼い頃から恋い焦がれた相手がいると、大人になって人はふとした瞬間に自分を見失うことがあるように思う

恋愛に限らず、幼い頃からある一つのことを長年培ってくると、それが自身の基盤となってしまい、少しの揺れでその基盤の核心部を離すまいと必死になるのだ

なずなにとっての揺れとは、浮気相手の真一が離婚したことだった

決してたった一人の人間を一途に想うなずなの恋愛観が悪いというわけではない

 

明生の恋愛観

明生がなずなの真一に対する気持ちの言葉を全く理解できなかった時点で、この二人は根本から違った

大実業家の息子であるにもかかわらず全体の能力が低いことを気にしていた明生は、なずなと共に描かれる時はなよっとした印象なのに対して、尊敬する女性の上司、東海と一緒の際は彼自身の中身を強調して描かれていた

明生は最終的にその尊敬し一緒にいて落ち着く上司、東海と結婚する

彼にとっての愛とは、恋い焦がれ身を投げ出すことよりも、お互いを信頼し合う関係だったのだ

 

感想

なずなと明生、どちらの恋愛観が正しいのかはわからない

私が幼い頃の自分と比較して共感する気持ちが芽生えるのは、真一を愛すること自体が自分自身であったなずなである

長年培ってきた想いという意味では、なずなの恋愛観が真実とも言える

ただ、社会一般的には周りを巻き込み自分を貫くということは大変愚かな行為である

お互いを尊敬する気持ちと安らぎの居場所を真実の愛とする明生は、社会的に障害がなくいつまでも相手を大切にできることだろう

そのため大人になるにつれて我々の真実の愛とは明生の恋愛観になりがちだ

 

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