ramuramu’s diary

おすすめの小説を紹介していきます。よろしくお願いします。

ダレン・シャン


 

バンパイアの熱き生き様を描いた、元人間の半バンパイアが主人公の成長物語

善と悪の間で揺れる葛藤、共に歳を取れない人間の女の子との禁断の恋、手に汗握る戦闘シーン

誰もが心を打たれるような展開をいくつも合わせ持つダークファンタジー

展開はさることながら、正義感に溢れていた主人公ダレンが相次ぐ酷い悲しみにより心が悪に染まっていく様子は、あまりにもリアルで恐怖さえ感じた

そしてダレンを幼少期の頃から見守ってきた読者にとっては、そんな主人公に同情し、親しみさえ感じるのだ

どんな時でも正義を志していたダレンに、私たちは子を見守る親のような気持ちになるのだ


そう、ダレンを子どもの頃から見守っていた読者にとって、ダレンは自身の子ども同然なのである

それになんと、それは悪に染まった元親友のライバル、スティーブにも言えることなのだ


ティーブは成長するにつれて、救いがないほど非道な人物へと成長していく

しかしスティーブが純粋とは言えずともヤンチャな子どもだった頃の、父親のいない寂しさを抱えていたこと

バンパイアになるために子どもながらに懸命に努力をしてきたこと

ダレンとともに幼少期から順を追って彼の成長を把握しきってしまっている

どこにでもいた子どもが二人

将来は片方は正義のバンパイアに、もう片方は悪のバンパイア(バンパニーズ)となり、魔王の座を争うと誰が想像できようか


この物語は、全体を通して『子どもの持つ可能性』を表現しているのだ


そしてこの作品の中でも評価したい点は、どんなに作品のストーリーにバンパイアという存在が浸透しようと、いつでも現実(世間)を忘れないことだ

それは半バンパイアであるダレンが学校に通ったり、人間の女の子と恋をしたりする意味もあるが、もう少し掘り下げてみる


作品の展開がどんなにバンパイアの熱き生き様を描き、主人公の常識が変わり時を経ようと、バンパイアの常識を身につけたダレンの行動の前提に作者は『倫理』を描いた


例えば、ダレンが家族同然に付き合う、姿が変わった人間が集うサーカス団シルク・ド・フリークに、少年が忍び込む

少年がサーカスに興味を持っていると思ったダレンは、少年に自身も出るシルク・ド・フリークのサーカスのチケットを渡すついでに、少し驚かした

自身が人間界からすると本物の化物ということも忘れて

少年はダレンを恐がり、『あんたたちみたいな生き物に脅されたら、こわい』と言い残し、チケットを受け取ると去っていった

その後ダレンは団長に、軽はずみな行動をするなと注意を促される

ダレンは善意からした行動だったが、この時のダレンは世間(人間界)から見た除け者であり人間の常識が欠陥した人物であったことがはっきりと感じ取れた


ここまで生々しく、いや、前提に『倫理』を描く作品は数あるファンタジーの中でもかなり稀ではないだろうか


ダレン・シャンという作品は壮大であり、詳細は避けるがはっきり言ってバンパイアの話ではない

テーマは『子どもの持つ可能性』だが、様々な予想を遥かに上回る

私は今までに、ダレン・シャンが面白くなかったと言う人に会ったことがない

ベルリンは晴れているか

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このミステリーがすごい!2019年版』で第2位

作者:深緑野分


結末はまるで戦争の悲しさそのものだった。


舞台は第二次世界大戦後のドイツ。

第二次世界大戦後のドイツはユダヤ人迫害に焦点が集まりがちだが、これは当時のドイツの社会背景により苦しんでいたドイツ人たちのお話。


17歳の主人公アウグステはアメリカ統治下の飲食店で働くことでなんとか生計を立てている。

ある日政府から戦中のアウグステを匿った恩人クリストフが歯磨き粉に入っていた青酸カリで殺されたとの訃報が届く。アウグステはクリストフを殺した疑いの目を向けられると同時に、クリストフの甥エーリヒに訃報を伝えに、ユダヤ人の陽気な男と共に旅立つことになる。


前述した通り、これは当時のドイツの社会背景により苦しんでいたドイツ人たちの物語である。

主人公アウグステ自身は両親が政府に差別を訴えたことで両親を二人とも亡くしている。アウグステは回想から終わりに向かって様々な差別を受けてきた人々を目の当たりにしていく。


カフカ:アウグステと共に旅立った陽気な男。ユダヤ人を自称していたが、ユダヤ人ではなく、ユダヤ人とよく似た純ドイツ人だった。幼い頃はユダヤ人ともドイツ人とも相入れることはなかったが、大人になってからは当時のドイツ人の思い描く、悪いユダヤ人を演じる俳優となることで周りとうまく付き合った。そのことを今になって後悔している。


ギゼラ:アウグステの家の近所に住んでいたダウン症の少女。ヒトラー独裁政権による差別が激しくなり、最先端の医療行為を行うという名目で保健局に連れて行かれ死んでしまう。アウグステはそれを見ていることしかできなかったことを悔やんでいる。


ヴァルター:ユダヤ人の血が入っていることで幼い頃に断種されてしまった。そのためユダヤ人迫害に加担したカフカを強く憎む。


ハンス:男色家のため家族から疎まれ、精神医療施設に入れられていた。そこでは同性愛の性的指向を否定する拷問じみた行為が行われていた。


以上挙げた登場人物のように、クリストフも戦争により深く傷ついており、それは殺害事件の真相と深く繋がっている。

当時のドイツの状況が伝記もののように詳しく描かれているだけでなく、ラストの真相に圧巻されると同時に戦争について深く考えさせられた。

星の王子さま

 

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サン=テグジュペリ

 

概要

主人公は何もない砂漠に一人不時着してしまったパイロット、「僕」

子供時代の感性への憧憬が伺える

子供の頃、6歳までは画家を目指していたが、ゾウを消化している大蛇ボアという恐ろしい絵を描いて大人に見せても帽子と勘違いされてしまい、それから画家になることを諦めてしまった

僕の描いたゾウを消化している大蛇ボアは、茶色い蛇が飲み込んだゾウの形を象っている絵

そんな僕の所に人間の子供の感性を具現化したような男の子、王子さまが現れる

王子さまは他の星から地球にやってきたのだという

王子さまは僕が描いたゾウを消化している大蛇ボアを見て、一目で理解したのだった

そんな王子さまが地球の大人を風刺した星々を渡り歩いた話を僕にしてくれるお話

 

感性が子供の王子さまによる大人の風刺


5つの星を渡り歩き、王子さまはそれぞれの星で王さま、地理学者、実業家、酔っぱらい、大物気取り、労働者と出会う

王子さまは、地球はこれらの人たちが多く住む星であることに驚いたと言う

 

王子さまとバラ

 

王子さまには故郷の星に愛していたバラがいた

星にたった一輪咲くバラは星をいい香りで包んでくれた

しかしバラは高飛車な性格をしていて、気まぐれなことばかり言い、王子さまはだんだんバラのことが嫌になってきた

やがて王子さまは、バラの元を去り他の星に住処を求めて旅立った


地球に到着し地球を探索していくうちに、王子さまは地球で多く咲いているバラを見て、故郷のバラは世界中探してもたった一つしかないものだと思っていたが、そうではないことを知りショックを受ける

しかしキツネとの触れ合いで、故郷のバラは自分にとって世界中探してもたった一つしかないかけがいのないものであることに気づいたのだった

 

感想


5つの星にいた王さま、地理学者、実業家、酔っぱらい、大物気取り、労働者一人一人に対し、無垢でいて賢い王子さまが向き合う姿は大変愛らしかった

それに対して砂漠に不時着し飛行機を修理しながら王子さまのお話を聞いている僕の視点になると、急に文章が現実的になる

後半の僕が描写する王子さまは地球の常識を知らない宇宙人そのものだが、僕は王子さまを敬愛していたためその描写は美しくもあった

私は愛らしくて賢い王子さまが私たちをいじらしく、風刺的に描いてくれるところが好きだ

痴人の愛

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概要 

谷崎潤一郎

28歳サラリーマンの男性が15歳の少女を引き取り、品のある女性を思い描き育てていくが、失敗して男癖の悪い女性に育て上げてしまうお話

大正時代の日本の純文学ではあるが、一貫した風俗的雰囲気のため読み進めやすい

エリートサラリーマンである譲治があるカフェでウェイトレスとして働いている少女、ナオミから知性的でいて西洋人らしい雰囲気を感じ、教養のある女性に仕立てようと引き取る

譲治に引き取られたことで当時は顔色の悪かったナオミも、よく譲治に懐き、覇気のある女の子になっていった

そしてナオミが16歳になった頃、二人はそれが自然な流れであったかのように結ばれる

晴れて譲治とナオミは夫婦となった

だが譲治は成長するにつれて妖艶さを増していくナオミに心酔するようになり、習い事や衣服、西洋らしい家などを以前にも増して与えてしまうようになる

譲治に甘やかされて育ったナオミはやがて自身の妖艶さを自覚し、たくさんの男をたぶらかすような女性になってしまう

譲治は成長したナオミが知的さのかけらもない女性となってしまったことに気づいてしまった

だがそんな男を渡り歩くナオミと譲治の間にはやがて、離れるでもなくまた違う関係が築かれていく――

 

当時の時代背景での悪


現代の観点で見れば、成人を過ぎた男性が未成年の少女を引き取り、少女をあろうことか性的に搾取し、自我を持つ年頃になった頃には貞操感覚の狂った女性へと変貌させてしまう、主人公が犯罪者紛いの話である

しかし当時の感覚で言えば、血の繋がりのない自分に金と愛情をかけて育てた譲治に背いたナオミが完全な悪女だ

以下では前者のナオミが被害者である観点で語る

 

譲治によって美しく描かれるナオミ


他の男と関係を持つナオミをどんなに罵倒しようとも、譲治はナオミに心酔しきっていた

その様子を描く文章は愚かしくもあれば美しくもあり、女性に溺れる男性はこんなにも盲目的になれるのかとむしろ感心してしまった

譲治は時代背景から西洋人に執着しており、度々ナオミに西洋人の特徴を重ねていた

この作品ではナオミの長くて綺麗な脚が強調して美しく映されるわけだが、その場面は譲治がナオミが大人になっても昔からの習慣で風呂場で脚を洗っている過程で特に描かれる

譲治に対する自身の武器を知っているナオミは、譲治を誘惑して主導権を握る際に足を活用するのだが、その描写は何度も読み返したくなるほど妖艶だ

世間的には低俗な女性であるナオミだが、譲治の眼に映るナオミはとても美しかった

譲治とナオミの関係は、譲治の視点で見ればクレオパトラクレオパトラに翻弄され国を滅ぼした国王といったところだ

 

まとめ


最後、結局譲治は男を渡り歩くナオミを受け入れる

譲治は女性に溺れた愚かな男だろうか

それとも妻を理解する良き旦那だろうか

読者の生きる時代や価値観によって作風が変わる良い小説だった

 

 

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ノルウェイの森

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死んだ男キヅキの親友ワタナベと、キヅキの彼女直子の不思議な関係を描く

二人の関係に言葉に言い表せない何かがあり、それを時間をかけて説明していくような小説

冒頭から描かれる文法に囚われない表現に、村上春樹の世界に惹き込まれる


キヅキが自身の全てであった直子は、キヅキの死によって精神を病んでしまう

どんなに時を経ようとキヅキの死を受け入れられない直子の様子から、今までの人生がキヅキで満たされていた直子の人生が想像させられ、切なさと温かみで胸がいっぱいになる

キヅキを想う直子の心情に思いを馳せることで、この作品はどこまでも奥ゆかしくなるだろう

自身の全てであったキヅキを失った直子の苦しみは、直子にしかわからない

直子に生きる術はあったのかが、直子が幸せになる展開を望んでいた読者にとっては気になるところである

直子は生きる術を見つけようと必死に努力していた

しかし頑張ろうにもそもそもの踏ん張って立つための土台が、直子の全てだったキヅキの死によって失われてしまっていたのだ

キヅキの親友、主人公ワタナベの存在がキヅキとの思い出をとどめてくれたことが、直子にとって何よりの救いだったかもしれない


この物語の本筋と逸れるが、目を見張るような登場人物がもう一人いる

ワタナベの先輩永沢の彼女、ハツミである

永沢はとても女癖が悪い男で、ハツミは普段は永沢の悪癖に目を瞑りつつも、時折抗議していた

ワタナベは才能ある永沢が選んだ女性という意味でハツミを一目置いていたが、内心心惹かれていた

ワタナベはなぜこんなにもハツミに安らぎの気持ちを引き出されるのか、わからなかった

その理由をワタナベは十二年ほど後、イタリアのサンタ・フェで見た美しい夕陽を見てようやく気づく

ハツミが男性から引き出していた安らぎとは、「少年期の憧憬」だった

ワタナベの感動がサンタ・フェで見た美しい夕日と共に伝わってくる

ハツミの魅了とはそれほど稀有なものだったのだ

後にハツミは自ら命を絶ってしまう

ハツミの死を知らせる内容の手紙が永沢によって送られてくるが、ワタナベはおそらくハツミの死の原因であると思われる永沢と連絡を断然した

 

ワタナベ本人によると体面を取り繕っているだけのようだが、ワタナベは親友キヅキの死に対して現実世界に踏みとどまろうとどこまでも強かった

登場人物全員が村上春樹の世界でそれぞれ独立したキャラクターであり、ワタナベの周りにいるたくさんの色濃い人間の人生観を見ていくのはとても面白かった

 

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ハーモニー


 

 

伊藤計劃

 

 

「ぜんぶわたし自身のものなんだって、世界に向けて静かに怒鳴りつけてやるの」

 


政府によって幸せであることと健康であることを強制された世界で死を決意したミァハの言葉が、ミァハの理想の世界に住む私たちの心に重くのしかかる

 


トァン

主人公は政府に強制された幸せを憎むミァハに魅了された女の子、トァン

ミァハは自分の信念を突き通し自殺を全うすることができたのだが、トァンはミァハと共に死ぬことを約束したにもかかわらず失敗してしまい、そのことを大人になった今でも後悔している

やがてトァンはWHOの斡旋監査官となり、ミァハと共に死を全うできなかったことを日々後悔しながら、外国との裏取引で反社会的な嗜好品を嗜むことで体を蝕ませる生活を送っている

その嗜好品とは、タバコや酒など


キァン

ミァハやトァンと自殺を決意した女の子はもう一人いた

大人しくて思慮深い、行動的なミァハの話を聞いてばかりだった、キァン

ミァハに魅了されていたトァンは行動力のないトァンを内心見下していた

そして自殺に失敗したトァンと違ってキァンは死が怖くなって自殺をやめたのだった

だがミァハの死後、やがて大人になったトァンはキァンと再開した際、死んだミァハについての話し合いでキァンがミァハの単なる腰巾着でなかったことに気づく

キァンも政府に幸せを強制された世界に疑問は感じていたが、息苦しさを感じていたわけではなかった

ミァハの友達でいたのは死ぬ発想に至るほど思い詰めていたミァハを踏みとどませるためだった

この異質な世界に馴染んでいながら、現実世界に住む私たちの目から見てもとても人間らしいキャラクター

異質な世界に異質な主要人物であるミァハとトァンが構成するストーリーの中、キァンの存在があるべき正しさを思い出させてくれる


ミァハ

自分や他人の死を持ってして政府に抗うミァハの正体は、後天的に感情が芽生えた本来論理的思考だけを持つ民族だった

子供の頃、戦場で誘拐されたミァハは兵士たちに強姦され、過剰なストレスによって奇跡的に感情が芽生えたのだ

その後ミァハは義勇兵に助けられ愛情が溢れた国に養子に出されるが、その場も誘拐された場と同じで、自由を奪われた場所であることに気づいてしまう

実は生きていたミァハ

最後にミァハが選択した内容からわかるその時のミァハの意識は、感情が芽生える以前の感情のない論理的思考が懐かしかったのだ

共感できないからこそ、自分たちとは全く違う苦しみを抱えるミァハの心情を思うと胸がつまる


私たちが日々密かに疑問に思っている「幸せとは何か」を突き詰めて代弁してくれたかのようなSF作品

それに拭いきれない青春の悔恨を描き、SF作品として異彩を放つ

感情のないミァハに憂いな気分を馳せることが異色を放つこのSF作品の醍醐味だと思う

読了後は世界の裏側を見てしまったかのような気分になった

 

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わたしを離さないで

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こんな青春が、あってもいいと思った

 


舞台は人里離れた土地に建つ施設、ヘールシャムで描かれる

同じくらいの年頃の子どもたちが集まるその施設では、私たちが住む世界と少し違う人間関係が育まれていた

私たちが住む世界での子どもの人間関係とは普通、気の強い命令口調な女の子がリーダーになったり、できないことが多い男の子が仲間外れにされたりだ

ヘールシャムでもまた似たような人間模様が描かれている

ルースという気の強い女の子がみんなを引っ張っていってくれるが意地悪で、できないことの多いトミーという男の子はみんなから仲間外れにされる

主人公である女の子キャシーは要領がいい子だったため、ルースの親友でありながら、他に友達がいないトミーの唯一の友達だった

一見私たちが住む世界と変わらない人間模様だが、彼らが尊敬し育ての親でもある先生たちは彼らが夢を語ると夢を否定し、性に関しては肯定的な指導をする

その理由の真相は語り手である主人公キャシーによって懐かしい思い出を振り返るように明らかにされていく


この本を読んでいる間は、まるで私たちの住む世界で暮らす人間の性質を、別の角度で見ているような気分だった


特にそう思ったのは、できないことが多いようで、成長するにつれて短所が長所の裏返しであることが判明したトミーの才能だ

ヘールシャムでは絵画の授業があるのだが、どうしてもトミーは先生に言われた通り画用紙に絵を大きく描けなかった

どんなに頑張っても、真ん中に小さく描くことしかできない

それがきっかけでトミーは気性が荒い性格となってしまい、みんなから仲間外れにされてしまう

しかし大人になるにつれて、トミーによって中央に細かく描かれる様々な集合体は味のある細工として個性を発揮していく

ただ、『臓器提供者』としての未来を約束されて育てられてきた彼らの才能に意味があるかどうかは、神のみぞ知ることだ――


私たちの住む世界と少し違う世界観及び倫理観でありながら、彼らも私たちと同じ人間だと確信したシーンがある

幼い頃に助け、助けられた関係のキャシーとトミーの深い絆に嫉妬したルースは、意図して二人が恋仲になる前にトミーと長年付き合う

自分にないものを持つキャシーに嫉妬した、ただそれだけの理由だ

やがて三人は臓器提供者として使命を果たす段階にくるわけだが、ルースとトミーがすでにいくつかの臓器を提供していた時、ルースは病院の近くに来た漁船が見たいと言い、三人で行くことになる

その漁船を見た帰り道、ルースは二人に滂沱の涙を流しながら謝った

このシーンの感動は、作者によって書かれた本文以外では表現できないだろう

真に迫った状況をカズオ・イシグロは一貫して描いていたわけだが、このシーンは一番生々しく、私は涙が堪えられなかった

読者にとっては性格の悪いルースでも、キャシーにとっては唯一無二のかけがいのない親友だったのだ

子どもの頃からずっと一緒に暮らしてきたのだから

このキャシーの気持ちを読者にダイレクトに伝えてくれたカズオ・イシグロには感謝しかない

 
臓器提供者として育てられる子どもたちには独特な倫理観があり、成長するにつれて普通の人間である先生と徐々にギャップが出てきて面白い

このヘールシャムの独特な雰囲気を味わえるのは、ノーベル文学賞を取ったこの作品、『わたしを離さないで』だけだ

 

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